ランボルギーニガヤルドLP550-2 eギアの評判・スペック

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ランボルギーニ ガヤルド LP550-2 eギア

ガヤルドのフロント外観(08年(H20)4月、MC時のLP560-4のフロント)

ガヤルドのリア外観(08年(H20)4月、MC時のLP560-4のリア)

ガヤルドの内装・インパネ(08年(H20)4月、MC時のLP560-4のリア)

メーカー ランボルギーニ
車種 ガヤルド
グレード LP550-2 eギア
販売期間 2010年10月から 2013年11月
価格 22,935,000円
エンジン エンジン: V型10気筒DOHC
排気量: 5204cc
型式: ABA-GECEHB
馬力: 550ps
トルク: 540(55.1)/6500
ミッション: 6AT バッテリー:
タイヤ 前輪: 235/35ZR19
後輪: 295/30ZR19
ホイールサイズ: /
駆動: MR
最小回転: -m
タイヤサイズ
燃費 燃費(JC08): -
燃費(10•15): -km/L
燃料: ハイオク
実燃費: から
ボディサイズ 高さ: 1165 車幅: 1900 全長: 4345
乗車定員 2人
評価・レビュー 外観: 4.05点
内観: 3.05点
スペック: 5点
エンジン: 5点
乗り心地: 4.9点
燃費: 1.14点
価格: 3.95点
中古車 台
買取価格相場
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ランボルギーニガヤルドとは

「ランボルギーニ」が2003年から2013年まで製造したスーパーカー、「ガヤルド」は、鮮やかなスタイリングと優れたパフォーマンスで愛される人気モデルである。価格は製造年やグレードによって異なり、排気量は5.0リットルのV10エンジンを搭載している。燃費はスポーツカーとしては一般的で、馬力は500ps以上と非常に高い。タイヤサイズは足回りをしっかり支えるために適切に設計されている。 「ガヤルド」の特徴は、スリックなデザインとスポーティな走りにあり、独特の個性を持つスーパーカーとしてファンから高く評価されている。その人気の秘密は、高い性能と豪華さを兼ね備えた姿であり、走行性能においても非常に優れている点にある。歴史的にも、ランボルギーニの創業者が牛の名前にちなんで命名した経緯から、独自のブランドイメージを確立している。  「ガヤルド」は、美しいボディラインとスポーティなデザインで注目を集める。先進的なテクノロジーを駆使した内装や豪華な装備も魅力の一つで、高級感漂うインテリアは乗り心地をさらに向上させる。走行時の安定感や高速走行時の操縦性も優れており、ドライビングを楽しむための要素が詰まった一台だ。 「ガヤルド」の人気は、その魅力的な外観と高性能が融合した逸品であるため、多くの車好きやコレクターから支持されている。歴史的な経緯やスペック面でも高水準を維持しており、今なお多くの愛好家に支持される一台である。

より詳しいスペックやオプションの情報を見ることができます。

詳細項目 スペック
型式ABA-GECEHB
最小回転半径-m
駆動方式MR
全長×全幅×全高4.35m×1.9m×1.17m
ドア数2
ホイールベース2.56m
ミッション6AT
前トレッド/後トレッド1.63m/1.6m
AI-SHIFT-
室内(全長×全幅×全高)-m×-m×-m
4WS-
車両重量1380kg
シート列数1
最大積載量-kg
乗車定員2名
車両総重量-kg
ミッション位置コラム
最低地上高-m
マニュアルモード◯
標準色-
オプション色-
掲載コメント-
エンジン型式-
環境対策エンジン-
種類V型10気筒DOHC
使用燃料ハイオク
過給器-
燃料タンク容量90リットル
可変気筒装置-
燃費(10.15モード)-km/L
総排気量5204cc
燃費(WLTCモード) -
燃費基準達成-
最高出力550ps
最大トルク/回転数n・m(kg・m)/rpm540(55.1)/6500
福祉車両-
大型ガラスルーフ-
片側電動スライドドア-
サンルーフ-
両側電動スライドドア-
ルーフレール-
ドアイージークローザー-
Tバールーフ-
電動バックドア-
ルーフ系装備-
ディスチャージドランプ-
タルガトップ-
フロントフォグランプ-
ハードトップ-
リアフォグランプ-
ソフトトップ-
ヘッドライトウォッシャー-
キャンバストップ-
フロントスポイラー-
メタルトップ-
リアスポイラー◯
マグネシウムホイール-
ローダウン-
アルミホイール◯
UVカットガラス-
片側スライドドア-
プライバシーガラス-
両側スライドドア-
寒冷地仕様-
ステアリング位置不明
ステアリングステアリングギア方式パワーアシスト付ラック&ピニオン式
ステアリングパワーステアリング◯
ステアリングVGS/VGRS-
サスペンション形式前ダブルウィッシュボーン
サスペンション形式後ダブルウィッシュボーン
高性能サスペンション-
タイヤサイズ前235/35ZR19
タイヤサイズ後295/30ZR19
ブレーキ形式前Vディスク式
ブレーキ形式後Vディスク式
ソナー◯
駐車支援システム-
センターデフロック◯
横滑り防止装置-
トラクションコントロール◯
フロントカメラ-
LSD(リミテッドスリップデフ)-
サイドカメラ◯
ダウンヒルアシストコントロール-
バックカメラ◯
AYC(アクティブ・ヨー・コントロール)-
頸部衝撃緩和ヘッドレスト◯
SH-4WD-
ABS-
ISOFIX対応チャイルドシート固定バー△
ブレーキアシスト-
ビルドインチャイルド-
アイドリングストップシステム-
バケットシートABS(◯)
ランフラットタイヤ-
後退時連動式ドアミラー-
エアサスペンション-
レインセンサー-
ブレーキ系装備-
インテリジェントAFS-
衝突軽減装置-
盗難防止装置-
ナイトビジョン-
セキュリティアラームカーボンセラミックブレーキ(△)
レーンアシスト-
ロードサービス-
車間距離自動制御システム△
パワーウィンドウ-
オットマン機構-
フルフラットシート-
チップアップシート-
本革シート
電動サードシート◯
フロントベンチシート-
床下ラゲージボックス-
シートリフター-
エンジンスタートボタン-
シートポジションメモリー機能-
キーレスエントリー-
運転席パワーシート-
ETC◯
フロント両席パワーシート-

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ランボルギーニ ガヤルドの知っておきたい情報

ランボルギーニとは?
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ランボルギーニガヤルドの新車情報

ランボルギーニガヤルドの最新情報まとめ

ランボルギーニ・ガヤルド

ランボルギーニ・ガヤルド

ガヤルド(Gallardo)は、イタリアの自動車メーカーのランボルギーニが製造していたスポーツカーである。

かつてランボルギーニには、「ベビー・ランボルギーニ」と呼ばれる一群の車種としてウラッコ、シルエットおよびジャルパがあった。しかし1990年代には、プロトタイプのカーラを除いて、フラグシップの12気筒(ディアブロ)以外の車種は揃えていなかった。2003年、ガヤルドはフラグシップ以外の車種として久しぶりに発表された。スタイリングはムルシエラゴと同様に、ベルギー人デザイナーのルク・ドンカーヴォルケによって主導された。車名は闘牛名に由来するものではなく、18世紀スペインの闘牛飼育家であるフランシスコ・ガヤルドから採られている。

エンジンは、バンク角90°を持つ水冷V型10気筒エンジン。アルミ鋳造製のシリンダーブロックは、アウディ製のものとベースは同じ。重心を下げるため広いバンク角度を採用しているが、等間隔燃焼を実現するためにクランクピンを18°オフセットしている。排気量は5Lであり、1L当たり100psとなる500psを発生している。ボア×ストロークが82.5mm×92.8mmというロングストローク仕様であるため、低回転域のトルク特性に優れている。ロングストロークではあるがレッドゾーンは8,200rpmからとなっている。2006年モデルより排気系の見直しで520psへと出力が向上した。

エンジン搭載形式はミッドシップだが、これだけの出力になると2輪駆動ではトラクション確保が困難である為、その理由から4WDシステムが採用されている。本車種における4WDシステムは、低重心化も兼ねてエンジンとともに構造限界まで下げた状態で搭載されている。また複雑な制御で知られるアウディ製クワトロシステムではなく、シンプルなセンターデフ式で、ビスカスカップリング式LSDを使用しており、この点はディアブロに準じる基本構成となっている。トランクはミッドシップ車に相応しくボンネット下。

ボディは発売当時からアウディ製のアルミスペースフレームで構成されている。ボディ単体での重量は250kgと軽量である。総車体重量は1,430kgと公称されている。ランボルギーニ伝統の低い全高は受け継がれており、全高は1,160mm。

本車は、ドアに関しては日常使用の使い勝手を向上させる為と言う理由からシザードアにはせず一般的な前ヒンジの横開きドアを採用した。また、2005年モデルよりフロント部車高を少し上昇させることが可能となっている(日本仕様では標準装備)。このシステムは油圧式であり、車高を上げた状態でも70km/hで走行でき、またタワーパーキングへの入庫が可能となっている。

2008年にマイナーチェンジが行われ、ランボルギーニ伝統の「LP」が付けられた「LP560-4」が発表された。フロントバンパー、ライト、ボンネット、リアバンパー、リアコンビネネーションランプの変更。リアフェンダーダクトの廃止。これにより、5.2L直噴エンジン(最高出力560ps/55.1kg·m)、1,420kg、4WDのスペックとなり、ドイツ国内では2009年のベストスポーツカー賞を受賞した。なお、この2009年仕様エンジンは親会社であるアウディのスペチアーレ「R8 5.2LFSI」にも採用されている。

2010年3月のジュネーブショーにてサーキット走行向けのモデルである「LP570-4Superleggera」が発表された。これは570psエンジン、1,340kg(アルミ&カーボンボディ仕様)となっている。

2013年11月に、ランボルギーニ史上最多となる総生産台数14,022台で生産を終了した。販売台数も後継のウラカンに抜かれるまでランボルギーニ史上最多、売り上げ額も最大を記録した。
ベースグレード・モデル。
2005年に追加されたモデル。ルーフがカットされ代わりに電動ソフトトップが採用されている。開閉時間は20秒。5本スポーク・ホイール「Callisto」を装着。
車体パーツをカーボンファイバーに置き換え、車重をノーマルより100kg軽量化(1,330kg)し、吸排気系の見直しにより出力を10psアップの530psとした限定モデル。なお、スーパーレジェーラとはイタリア語で超軽量の意味。パワーウェイトレシオは2.5kg/psで、発表された0-100km/h加速は3.8秒、トップスピードは315km/hとされる。オプションとして大型カーボンリアウイングがあり、ノーマル仕様に装備されている非可動式リアウイングとは選択式。

2004年5月にイタリア警察高速隊のパトカーとして「ガヤルド・ポリツィア・ストラダーレ」が採用された。車両の製作やメンテナンスはランボルギーニが行い、乗務するドライバーのトレーニング、選抜に協力する体制がとられた。

フェイスリフト後のベースグレード・モデル。エンジンが直噴化され、クランクシャフトの形式も変更された。

2008年のロサンゼルスオートショーにおいて発表されたオープン・モデル。
2009年に発売された5.2L、V10、550psで2輪駆動の250台限定モデル。ネーミングの由来は、40年以上に渡ってすべてのランボルギーニの開発に携わり、テストドライバーも務めていたヴァレンティーノ・バルボーニに起因する。変速機は6速MTを標準設定とし、eギアはオプションとなる。リアデフのチューニングを最適化、リアアクスル用LSDも新たに開発。スタビライザー、ダンパー、コイル、タイヤ、ESPといったあらゆる部分を変更。

ある日、ヴァレンティーノは自分の名前のついた車に乗って帰宅。翌日の出勤途中にフェルッチオの眠る墓地にさしかかると「ありがとう」と、心の中でフェルッチオにお礼をするために車を止めたという。

2010年、「LP550-2 ヴァレンティーノ・バルボーニ」の好評をうけて2輪駆動モデルがカタログモデルとして加えられた。
2010年3月のジュネーブモーターショーにおいて発表されたモデル。ベースモデルから70kg軽量化し、最大出力570psを発揮する。エクステリアの改良で空力性能を向上、レヴェントン風のフロントバンパー、大型エアインテーク、レーシングカー的なリアディフューザーやリアスポイラーを装備する。インテリアにも専用装備を多数採用している。

2011年9月のフランクフルトモーターショーで発表されたモデル。パワートレインは前述のLP570-4と同じものだが、ディフューザー、リアスポイラーなどにカーボン素材を多用し車重は1,340kgに抑えられ、ブレーキを中心に改良が施される。0-100km/h加速3.4秒、最高速度340km/hと公表される。

2013年4月の「オート上海」において発表されたアウトモビリ・ランボルギーニの創立50周年記念モデル。専用色の白系「ビアンコ・オパリス」で塗装され、カーボンファイバー製のリアウイングや、透明なエンジンフード、ダークグレーの19インチアルミホイールなどを装備する。世界限定台数は90台以下。
ガヤルドをベースに開発されたモデル。2010年10月のパリ・モーターショーにおいてコンセプトモデルとして発表され、2011年にサーキット走行専用車として生産が決定した。セスト・エレメントとは「第6の元素」という意味で、即ち原子番号6の炭素を指す。その名の通りボディはカーボン材から成り、その他の部品にもチタン合金など軽量素材を多用したことで、最高出力570psの5.2L V型10気筒エンジンを搭載しながら、車重999kgという軽量に仕上がった。四輪駆動。0-100km/h加速は2.5秒、最高速度は300km/hを発揮する。

「ガヤルド・ポリッツィア」1号車が退役し、2008年10月24日にLP560-4をベースとする代替車両として納車された。この「ガヤルド LP560-4 ポリツィア」は通常の任務の他、移植用臓器の搬送を行えるよう、そのための装備が組み込まれている。また、同車に乗務する警察官は、特別に選抜されトレーニングを受けたメンバーのみ乗務することが認められる。この車両は2009年11月29日(現地時間)夜、学生向けのジョブ・フェアで展示の帰途、ガソリンスタンドから出てきた一般車を避けようとしてコントロールを失い大破。この事故による死傷者はなかった。2014年以降、後継車種である「ランボルギーニ・ウラカン・ポリツィア・ストラダーレ」への交代が行われ、2017年に全車退役した。一部車両は警察車両博物館に収蔵されている。


ランボルギーニ

ランボルギーニ

ランボルギーニ(Lamborghini)は、イタリアの高級スポーツカーメーカーである。正式名称はヌオーヴァ・アウトモービリ・フェルッチオ・ランボルギーニ SpA(Nuova Automobili Ferruccio Lamborghini SpA)。1999年以降フォルクスワーゲングループに属する。

本社、製造工場、ランボルギーニミュージアムはボローニャ県サンターガタ・ボロニェーゼにある。

創業者であるフェルッチオ・ランボルギーニは、第二次世界大戦後、イタリアにトラックが不足していることに目を付け、軍が放出するトラックを民生向けに改造し販売することで富を得た。大戦中、ロドス島にて兵器のメンテナンスに当たっていた彼の経験が活かされるかたちとなった。1947年、当時から自動車好きであった彼は、これを元手に小さなチューニングショップを開いた。

1948年、彼は友人と共にミッレミリアに参戦した。車両はフィアット・トポリーノで、自作のOHVヘッドが載せられていた。しかし途中で友人が運転を誤り、レストランに突っ込んでしまう。この際、彼は友人と共に車外に投げ出され、大ケガを負った。後に彼がレース界から距離を置くようになったのは、この経験が一因であるとされている。

その後、彼はトラックに続いてトラクターの自社開発に取り組み、1949年にランボルギーニ・トラットリーチ SpAを設立した。当初はただ同然で手に入れた軍放出車両のモーリスエンジンを用いた一般的なものであったが、後に自ら開発した排気熱で軽油を気化するイン・パボリザトーレというシステムを使って高性能なトラクターを作った。これは当時高価であったガソリンをエンジンの始動と暖気に使うだけで済み、後は安価な軽油で充分に動かせたため、大ヒットに繋がった。また1960年にはランボルギーニ・ブルチアトーリ SpAを設立し、ボイラーとエアコンの製造販売を手掛け、これも成功を収めた。

巨万の財を築いた彼はエキゾチックカーを収集するようになる。しかし、どの車も暑すぎたり、スピードが十分でなかったり、狭すぎたりしたため、フェルッチオを満足させるものではなかった。のちにエキゾチックカーの生産に乗り出したフェルッチオは、「助手席に座るレディのメイクアップが(汗で)落ちないような快適な車を作りたい」と語ったという。やがて彼は富の象徴、フェラーリのオーナーとなるが、当時のフェラーリにはクラッチに決定的欠陥があった。所有するフェラーリの度重なるクラッチ故障に頭を痛めた彼は、自社のトラクター工場でフェラーリを修理することを思いつく。いざクラッチを分解してみると、使われていたのはなんと自社のトラクター用パーツと同型のボーグ&ベック製のクラッチ板であり、しかも全く同一のパーツにフェラーリはトラクター用の十倍の値段を付けていた。

元々は優秀なメカニックでもあった彼は、クラッチ修理と同時にフェラーリに装着されていたウェーバー製のダウンドラフト型キャブレターをサイドドラフト型の物に改め、シリンダーヘッドをオリジナルのSOHCから当時は市販のフェラーリに採用されていなかったDOHCに改造した。完成した車は公道でのテスト走行中の新型フェラーリを「カモ」にできるほど速かったという。

既存のエキゾチックカーに少なからず不満を抱いていた彼は、これがきっかけで自動車ビジネスに乗り出す決意をしたといわれる。前述のフェラーリのパーツに見られるような高額な価格設定に触れ、「この商売は儲かる」と踏んでもいた。フェルッチオはこのとき、有望なビジネスモデルとして高級車業界を見ており、スポーツカーへの愛情とその財力を背景にアウトモービリの創設を決意した。

この1963年トリノショーに出品された350GTVは非常に目を引く独創性にあふれたフランコ・スカリオーネのデザインによるボディラインを持ち、性能面や上質なインテリア等で一定の評価を得たが、居住性やGTとしての使い勝手で酷評を受ける。
この評を受けてすぐにフェルッチオは根本的な改修を指示、翌年カロッツェリア・トゥーリングにより手直しを受けたボディを纏った市販車としての第一号350GTをロールアウト。ここに市販車メーカーとしてのアウトモービリ・ランボルギーニの歴史は幕を上げた。

当初こそ、伝統のあるマセラティやフェラーリを引き合いに出されてはトラクターメーカーとしての出自を揶揄されたが、翌年に後継の400GTがロールアウトされる頃になると独創的なスタイルと快適性の高次での両立がエグゼクティブの間で話題となり、350GTは130台以上、400GTでは250台以上、当時の超高級GTとしては非常に良好なセールスを記録している。この後1966年のランボルギーニ・ミウラ、1971年のランボルギーニ・カウンタック(クンタッシ)とあまりにも有名な名車を次々と送り出し、押しも押されもせぬ世界的スーパースポーツの代名詞ともいえるブランドとなった。

トラクターの他にヘリコプターも作ったが、認可が下りず、結果的に、プロトタイプの2台しか現存していない。

イタリア・モデナにあるトニーノ・ランボルギーニ・ムゼオにフェルッチオが関わったランボルギーニ製品が展示されている。
2006年の総納車台数は2,087台、2007年では2,580台、2015年の年間世界販売台数が3,245台だった。
現在の正規輸入販売はアウディ・ジャパンの事業部として2001年に設立された「ランボルギーニ・ジャパン」(Automobili Lamborghini Japan、東京都・世田谷区)が行っている。ランボルギーニ・ジャパンの設立以降は本格的に正規ディーラー網を整備し、サービス品質の向上や全店統一CIの導入などにより、日本でのブランド再構築を進めている。

2006年の年間販売台数は、176台(統計資料、JAIA日本自動車輸入組合)。2007年3月には、ランボルギーニ大阪を経営する光岡自動車の顧客情報がインターネット上に公開されてしまう事件が起きた。
ちなみに、ランボルギーニトラクターも日本国内で販売されており、かつてフェラーリの輸入元であったコーンズの関連会社である株式会社コーンズエージーが販売を行っている。

エンブレムにちなみ、ほとんどが闘牛に関連した車名である。

かつては創業者のフェルッチオが「レースには出ない」ことを社是としていた。これは「当時のフェラーリがレースを本業として市販車はそのための資金稼ぎと位置づけ、ユーザーをないがしろにしていたことに対し反発したため」「フェルッチオの息子が反対を押し切る形でレースに夢中になっており、刺激しないため」「フェルッチオ自身がレース中の事故により大ケガを負った経験によるもの」など様々な説があったが、会社から正式なアナウンスは出ていない。

クライスラー傘下に入った後の1989年、ラルースチームへのエンジン供給の形で、F1グランプリ参戦を開始した。

1990年に、メキシコで結成されたチーム「グラスF1」向けにF1マシンを含めて製作を行っていた。エントリーが認められたものの、グラスF1設立を提言したメキシコ人の富豪が資金を持ち逃げしたこともあり、資金が底をつき参戦困難となった。これによる参戦キャンセルによる違約金支払を回避するために、ランボルギーニが実質的なワークス・チーム、モデナに再編成して参戦した。しかし、マウロ・フォルギエリが設計したマシンは時代遅れもはなはだしいもので、目立った成績をあげることはなく、同年に撤退した。エンジンのレイアウトはV12で、独特な高音の排気音であり、それについては同じV12エンジンを搭載したフェラーリへの評価を上回るものだった。

1993年にはエンジンを再設計し大幅にパワーアップ(親会社のクライスラー名義)、翌年のエンジン供給を考慮して、コスワースHBエンジンの非力さに苦しみ、ルノーエンジンに匹敵するパワーのあるエンジンを求めていたマクラーレンがテストを実施したものの、マクラーレンはプジョーとの提携を選び、この結果ランボルギーニはF1を去ることとなった。テストでステアリングを握ったのはミカ・ハッキネンで、同時に彼がランボルギーニエンジン搭載車の最後のドライバーとなっている。

なお鈴木亜久里が日本グランプリで日本人としてはじめて3位入賞を飾ったローラ・LC90もランボルギーニ製ユニットを搭載していた。
SUPER GTには、JLOC(Japan Lamborghini Owner's Club)より、全日本GT選手権の初期から参戦している。当初は漫画家の池沢さとしがドライバーを務めた。参戦時のマシンはカウンタックだったが、1995年~2004年にディアブロ、2004年からはムルシエラゴ、2007年からガヤルド、2016年からウラカンにて参戦している。これにランボルギーニも全面的に協力しており、このレースのためにディアブロ以降のマシンをワンオフ作成している。2005年からはGT300クラスにエントリーし2006年第1戦にて初優勝した。ランボルギーニがFIAの国際格式レースで優勝したのはこれが初めてのことだった。

ランボルギーニのレース部門である。各国のサーキットを転戦するワンメイクレース「ブランパン・スーパ-・トロフェオ」シリーズは、2009年にヨーロッパで始まり、2012年にはアジアで、翌年から北米でも開催されている。

同社の歴史的モデルに関するレストアや鑑定を行う部門として2015年春に新設。
記念すべき最初のプロジェクトでレストアされたのは、シャシーナンバー「4846」を与えられたグリーンの1971年式「ミウラSV」である。

ポロ・ストリコのアーカイブ専門部署。歴代モデルについて使用されたパーツやその技術に至るまで、全てをデジタル化しアーカイブしている。

2006年に開始され、2013年から規模を拡張。同社のモデルを個別にカスタマイズしたいという顧客に対応するスタジオである。
ランボルギーニ製造施設内に設置された同スタジオでは、新車購入時にカラーリングやインテリアトリムなどを思い通りに仕上げたいという顧客の要望に応えるため、エキスパートスタッフが個別対応する。